錦鯉の生産地として知られる小千谷市は、その玄関口であるJR小千谷駅を一歩出た所から錦鯉を模った地下道が訪れる人を迎えてくれる。このような錦鯉のサインは市内の随所に見られるが、なかでも目を引くのは街道沿いの錦鯉の看板である。伊佐養鯉場をはじめとする数多くの養鯉場が掲げている、優雅に泳ぐ錦鯉を描いた看板は、今回の取材先である近藤看板店の近藤忠男氏の手によるものである。近藤さんは、昭和8年生まれの72歳。

  現在も精力的に看板の他にも油絵、ポスター、絵葉書、マグネットに錦鯉を描き続け、目の肥えた愛鯉家から絶対的な支持を得ている。特に、油絵には定評があり、「錦鯉の里」に面した小千谷市総合産業会館、全日本愛鱗会の創設者である黒木健夫氏の邸宅などに飾られている。30年以上に渡って錦鯉を描き続けている近藤さんに錦鯉の魅力を語っていただいた。(取材日:2006年2月20日)

近藤さんはいつごろから錦鯉を描き始めたのですか?

 近藤氏

小千谷市内で近藤看板店として独立した今から30年前です。当時、錦鯉バブルの真っ最中で数多く錦鯉の看板の注文が入ったことがきっかけですね。もともと若い頃は絵描きになりたくて、中学卒業と同時に上京し、千葉で六年間映画の看板描きの仕事をしていました。その後、長岡市の看板店で長年修行した後、42歳で独立しました。当時は、今まで錦鯉を描いたことがなかったので、鯉屋さんに行ったり、生産者の生簀を眺めたり、自宅で飼っていた錦鯉を見て学びながら描きましたね。

 随分昔になりますが、自分でも90cmの水槽で飼育したり、「錦鯉の里」でオーナー鯉を所有したり、もともと錦鯉が好きだったんです。錦鯉の油絵を描き始めたのも、その頃です。お客さんに頼まれたことがきっかけで描き始め、現在は展覧会に出品するほどになりました。

今まで何百本と錦鯉を描いてきた近藤さんから見た錦鯉の魅力とは何ですか?

近藤氏


私は錦鯉の専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、やはり錦鯉の優雅な身のこなしです。日本庭園の池で錦鯉が優雅に泳いでいる姿を見ると「日本の美」を感じます。よく言われますが、やっぱり錦鯉は体型が一番大事だと思いますね。体型のいい大きな鯉であればこそ優雅な身のこなしに見えますからね。私自身は昭和三色が好きなのですが、錦鯉を描く立場からだと紅白、三色はもちろんのこと、黄金、緋写り、秋翠などキレイな鯉を描きたいですね。
近藤さんの絵は、錦鯉の「泳いでる姿」がよく表されていますよね?

近藤氏


 そうですね、私は出来るだけ本物に近い写実的な錦鯉を描きたいと常に思っています。

水中を泳いでいる優雅な姿が錦鯉の醍醐味ですから、雑誌にある写真のように真上から見た姿だったり、勢いがなく見える錦鯉を描いてもよくない。細かいタッチの丁寧な絵よりも、生き生きとして動きのある迫力のある姿を描くことこそが錦鯉を描くうえで最も重要なことなのです。そのために、実際に新潟で行われた錦鯉品評会(農業祭)に赴いて本物の錦鯉に触れて見る目を鍛えたり、知り合いの錦鯉生産者のもとで様々な錦鯉の話を聞くことで錦鯉の生態について学びましたね。

本当に近藤さんの描かれる絵からは迫力ある錦鯉の姿が感じられます。長い間絵を通して錦鯉を見ている近藤さんにとって、絵だからこそ表せる錦鯉の魅力は何ですか?
近藤氏

 
それは錦鯉そのものの魅力と変わりません。だからこそ私は、錦鯉の泳ぐ姿をより優雅に、より迫力ある姿にすることを心掛けています。お客さんから頼まれたものを描くときでも、わざとくねらせて動きを出したり、出来るだけ優雅な泳ぎに見える体形に変えたりしていますね。やはり錦鯉の魅力は身のこなしですから、錦鯉が優雅で迫力のある泳ぎになるように自分なりの工夫は欠かせません。
近藤さんの錦鯉を描くことへの「こだわり」を教えてください。


近藤氏


もう何百回も錦鯉の絵を描いてますから、今では一日に二枚ペースで素早く描くことも出来ます。でも、やはり一枚の絵を仕上げるためには、生産者に何度か絵を見せて話を聞き「こんな動きはしない、こんな模様にはならない」と言ってもらわないとなかなかいい絵にはならないと思っています。もちろん全ての意見を聞き入れるわけではないですが、自分が納得した所はすぐ直すようにしています。これだけ錦鯉を描いた今でも間違えはあるし、わからない部分もある。だから、この作業は忘れずに続けています。こだわりはこれになるのかな。

「錦鯉の里」にある近藤さんの手作りのマグネットが海外の愛好家から人気です。今回の紹介をきっかけに「近藤さんの描いた錦鯉の絵が欲しい」「自分の錦鯉も描いて欲しい」という愛好家がいたら描いていただけますか?

近藤氏

もちろんです。錦鯉が海外に広がることで、「日本の美」である錦鯉の魅力が多くの人に伝わるのは大変すばらしいことだと思いますので、海外の愛好家でも自分の錦鯉の写真を送っていただければ、池の中に泳ぐ錦鯉の姿そのものに仕上げますよ。優雅で迫力ある錦鯉に描きますので、よろしくお願いします。

本日はどうも有難うございました。